先日自転車で通りかかった多摩川左岸の「多摩川上流水再生センター」。再び近くまで行ったので平日に一般開放されている場所を見学してきました(公式の施設見学でなく通常の開放エリアを見ただけです)。

多摩川上流水再生センターは昭島市にある東京都下水道局の水再生センター(下水処理場)です。処理区域は昭島市、青梅市、福生市、羽村市、瑞穂町の大半と、立川市、武蔵村山市、奥多摩町の一部です。
多摩川上流水再生センター|水再生センターマップ|東京都下水道局

平日に一般開放されているのは黄色のエリア。本館「多摩川ふれあい水族館」そして屋外の庭園とトイレなど。

さらに正面に見えている展望台にも上がれることが分かったので、行ってみました。写真の左手に見えているのが小さな庭園の「ふれあいの小道」。

展望台から見たふれあい小道、周辺に敷き詰められているオレンジ色の「メトロレンガ」は、下水処理で発生した汚泥を焼き固めたもの。以前、北多摩二号水再生センターで解説を読んだことがありました。


本館前にある沈砂池の解説と展望台から見た沈砂池の地上部分。


本館の入口。平日の9時から16時に一般開放されています。


入口に飾ってあった東京都流域下水道50周年記念のデザインマンホール。


ふれあい水族館は本館ロビーの一部に水槽を設置して、自由に見学できるようになった施設。

最上流の魚の水槽はイワナやヤマメ、ニジマスも入れられていました。その他、中流の魚、アユの水槽、下流の魚の水槽など。


あちこちで見られる地球キャラは、東京都下水道局のキャラクター「アースくん」。

展示(掲示物)を見ていたら展望台に上がれることが分かったので、2階事務室に上がって職員の方に声を掛けて記帳して展望台へ。

展望台までは地上7階相当の階段をグルグルと登っていきます。


展望台に到着。地上24メートル、天気と運が良ければ富士山も見えるそう。8月7日(今日ですね)に施設見学会が開催されるようです。

展望台はガラス張りになっていて360度の展望を楽しめます。

西の窓からは多摩川上流水再生センターの施設、本館の向こうは沈殿池になっていて右側の芝生のように見えているのは宮沢公園(宮沢アスレチック)。

反時計回りに行きます。南西は多摩川河川敷のくじら運動公園、多摩川に架かる八高線の多摩川橋梁。多摩川の先に伸びている丘は加住丘陵です。

南。やはりくじら運動公園、多摩川を挟んで八王子市の下水処理場「八王子水再生センター」。2つの下水処理場は地下の連絡官で繋がっていて災害時などには連携して下水処理を行えるようになっています。

南東は多摩川上流水再生センターの機械棟、そして多摩大橋。多摩大橋の右岸は八王子市や日野市です。

多摩大橋をズーム。

多摩大橋の右岸。正面奥の白い建物は日野自動車の本社。工場敷地の一部を野村不動産に売却、データセンターが建つ予定ですが、周辺住民の反対もありビルの高さなど当初予定から見直されるといったニュースがありました。多摩丘陵の丘の上に見えるのは明星大学。

東。

中央線に日野橋(仮橋)、立日橋のモノレール、さらに是政橋が見ています。

東芝府中のエレベータ試験塔に左側に見える給水塔は富士見町団地(残堀川大滝の近く)のもの。

北東。正面の緑が「ふれあいの小道」。2つ並んだサーカス小屋のようなタンクの手前にトイレがあります。下水処理場の敷地の外、ソーラーパネルに沿って昭和用水が流れています。

北。正門から入ってきた通が手前に見えています。

正面奥がたぶん昭島駅のモリタウンやその周辺の集合住宅。

北西。

展望台に置いてあった資料。多摩川上流水再生センターの処理区域は多摩川上流部の羽村市、青梅市や奥多摩町まで。奥多摩方面でもあきる野市や日の出町、檜原村などは多摩川対岸に見えていた八王子水再生センターの処理区域となっています。




多摩川上流水再生センターの見学は以上。なかなか面白かったです。機会があれば下水処理場の施設見学(インフラ見学ツアー等)にも参加してみたいものです。
さて、多摩川上流水再生センターの前を流れている昭和用水ですが……

こんなところで三分岐していました。

昭和用水は多摩川上流水再生センター沿いの道に沿って流れています。

多摩川上流水再生センターの上にある宮沢公園には北、西、南(多摩サイ沿い)の3箇所からエントリー可能。


多摩川河川敷のくじら運動公園と大神公園の駐車場、隣接する器具置場ではトイレには公衆トイレも。




周辺はいつ来てもバサーの姿を見かけますが、やはり多いのですね。

そうえいば先日、日野用水堰に来た際は見落としていましたが「平の渡し跡」がくじら運動公園から八高線を挟んだ大神公園にありました。

多摩大橋の少し下流には「築地の渡し跡」がありましたし、上流の拝島橋のたもとには「拝島の渡し」があったそう。他にも「日野の渡し」に「中河原渡し」「是政の渡し」……と多摩川の渡船は現在の橋と同じぐらいの間隔であったのですね。
