今年2月21日、河川利用者の失火が原因の火災で焼けてしまった稲城北緑地公園前の多摩川河川敷(住所的には府中市小柳町と稲城市東長沼・大丸)が新緑の季節を迎えています。この2か月の間に何度か足を運んでいるので、図らずも野焼きされてしまった河川敷が緑に覆われるまでの記録をまとめてみました。

2か月で焼け野原が緑に覆われる
2月の火事で焼けた範囲は多摩川右岸の河川敷(低水路と高水敷)。火元である低水路の枯れ藪から燃え広がり、上流方面の高水敷に延焼し広範囲を焼いた後に消化されました。次の写真は延焼した高水敷の上流側の端から、火元である低水路の下流方面を見たほぼ同じ構図。2か月の間にここまで大きく様子が変わりました。


熱と灰により黒くなっていた地面はすっかり緑で覆われています。
以下、完全な定点観測ではありませんが、似た構図の写真で4枚ずつ並べて(右岸堤防の上から撮影)、焼けてしまった河川敷が緑に覆われる様子を追ってみます。
2月22日
まずは火事翌日の2月22日。冬枯れの河川敷が野焼きをしたように、文字通りの焼け野原と鳴っています。




3月28日
約1ヶ月後の3月後半。真っ黒だった地面にうっすらと緑が生えてきています。黒が濃く見える部分は焼け残った灌木(表面はほぼ炭化した状態)です。2〜3枚目に写っている焼けた跡が見られない場所は、消火活動のお陰か風向きの影響なのか延焼を逃れた高水敷の一部です。




生え始めたばかりの野草。イネ科っぽい細長い葉とヨモギっぽい葉の若葉。


4月3日
さらに1週間後。緑の回復が目立ってきています。焼け残った灌木の隙間が緑で埋め尽くされています。




4月8日
ますます緑が増える一方で、延焼を逃れた場所の枯れ藪の茶色の方がむしろ目立つぐらいです。




4月12日
ここまでくると知らない人は1か月半前に火事があったことに気付かないかもしれません。堤防の上から見ると火事の面影は、焼け残った灌木の部分だけです。




4月18日
そして最新の状況。新緑が増えて焼け残った灌木を覆い始めたことで黒い色も目立たなくなってきました。ほぼほぼ新緑の河川敷です。この冬は雨が少なかったこともあり、火事の直後は緑が完全に戻るのはGW以降になるかと思っていましたが自然の回復スピードは想像以上でした。




2025年4月12日(1年前)
さらに1年前の今とほぼ同じ時期の写真が残っていました。表に見える緑の量はあまり変わりませんが、その下の枯れ藪の厚みがやはり違います。表面は同じように見えても以前は土の地面の上に冬枯れした藪が幾層にも積み重なっていて、簡単には歩くことができない足元でした。あと4枚目の菜の花畑になっている低水路はまさに出火のスタート地点ですが、この春は残念ながら菜の花は咲きませんでした。




まずはこの2か月の間に河川敷が緑に覆われるまでをまとめてみました。
次回、高水敷、低水路に下りた風景と、焼け跡に生えてきた植物などを確認してみようと思います。


